みんな、美しい

書籍営業部より
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最近、感動することが多いです。

普通の感動とはちょっと違っていて、
自分にかかわる方々、視界に入る方々をただ見ていて、
どういうわけか感動してしまう。

すべての人が、いろいろ美しいなぁと思うのです。

ただこれが困ったことに、このたんびに疲れがたまるのです。

普通、映画や音楽などで感動すると元気が出るものだと思うのですが、
この人々からの受ける感動のようなものを受け取ることによって、
わたしの「氣」のようなものを減らし続けているような気がします。
・・・感動で涙を流しすぎ、目が疲れているのかも。。
どうしたらいいのかわからないので、
しばらくは目をふさぎ、耳をふさいでみようと思います。

さて、純粋に感動した本をご紹介します。
ナチュラルスピリットより9月に発売される『禅の夜明け-敦煌で発見された初期の禅の文献-』です。

禅の夜明け-敦煌で発見された初期の禅の文献-
著:J・C・クリアリー  訳: 柏木栄里子

本書で素晴らしく感動した部分を引用いたします。

>大いなる悟りの道は、本来、どこにでもあるものである。
>その完全なる浄らかさは、もともとそこにあるのであって、
>何か条件を満たすことによって獲得される類のものではない。
>太陽の光が流れゆく雲にさえぎられるのと同じこと。
>雲が消えれば、太陽の光は自然と現れる。
>ならば、知識を増やすことが一体何になるだろう。
>いくらたくさんの書物を読み、説法を聞いたところで、
>かえって生死輪廻のわだちに戻ってくるだけというのに、
>なにゆえ言葉を漁り続けるのか。
>教えの言葉を読んだり聞いたりすることが悟りの道だと思っているような者は、
>現世的な名声や利益を追い求めているだけのこと。
>自分だけでなく他人にも害を与える。
>悟りの道は、鏡を磨くようなものだ。
>鏡の表面についている塵が全部落ちてしまえば、鏡は自然と清らかに光り輝く。

わたしはガツンと打たれました。
気になった方は、ぜひ本書をお手にとってみてください!

文:のびた

はじめてコメントさせて頂きます。

誰かの教えは誰かの概念であり、そこに真実はないのですが、同時にその表現でさえも起きたことです。無限の可能性の一部であるそれは、決して掴めない、奇跡の体験に他なりません。

私は非二元のブログを書いているAKANEと申します。

私は『悟り』はないと思っています。
悟りとは状態ではなく、「ただそうで在る」という事実のみしか実在していないという真実です。
すべては生命の活動に過ぎず、経験者(主体)は存在しません。

実は最近絵本を描いてみたいというパッションが起き、こちらにコメントしてみようと閃きました。
ご縁が繋がりますよう、祈ります。

読んでくださりありがとうございます。

2件のコメント

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